CROSS FADE / REO NAGUMO

composed and arranged by reo nagumo 1999

Lyrics, Music, Arrangement & Music Video Production: Reo Nagumo — MiniMoog / MPC3000LE / Prophet5 mv:RTX5090 with comfy

When I was a kid, I would come home from elementary school and watch reruns of old TV dramas.

There was something about those slightly dark crime dramas—the city streets, the cars, and this mysterious “adult world” that I was still too young to really understand.

I also remember feeling strangely excited whenever a scene with a little grown-up sensuality appeared.

When I wrote this song 27 years ago, what I had in mind was exactly that kind of 1970s Japanese crime drama.

Back then, it was a world I could only imagine through sound. Now, 27 years later, I’ve tried to bring that world to life visually using AI.

The 1970s that exist in my memory are probably a little different from the real 1970s.

So rather than trying to recreate the era exactly, perhaps this music video is my way of recreating the “adult world” I felt while watching television as a child—this time through the eyes of who I am today.

Le roi des détours / REO NAGUMO

まだ文字を読めなかった幼少期、僕は文字や言語を、意味よりも形やイメージとして捉えていたのだと思います。

幼稚園から小学校低学年の頃にかけて、日本語ではない言語に強い興味を持つようになりました。

夜中にテレビを見たり、親戚のおじさんが持っていたレコードのジャケットを眺めたり。そこには、アメリカやイギリスとはまた違う、独特の世界がありました。

アラン・ドロンやアヌーク・エーメに代表されるフランス映画の雰囲気。色彩や構図、文字のデザイン、そして言葉の響き。日本とも英米とも違う、どこか気だるく、退廃的な美しさが、とても印象に残っています。

18歳の頃、そんなイメージをもとに、テクノでありながらフレンチな雰囲気を持つ曲を書きました。

自分なりに気に入っていた曲でしたが、当時の技術や自分の力量では、思い描いていた雰囲気に編曲することができず、未完成のままになっていました。

最近、その曲にAIを使って歌や音色を加え、30年以上の時を経て、ようやく完成させることができました。

長年、頭の中にしか存在しなかった音楽が、AIによってあっという間に形になったことには、自分でも驚いています。


そもそも、人が何かを学ぶとき、そのきっかけになるのは「違和感」なのではないかと思います。

自分が知っているものと何かが違う。その違いを理解しようとすること自体が、好奇心であり、学ぶ楽しさなのかもしれません。

小学校低学年の頃、YMOが好きだった僕は、高橋幸宏さんのFMラジオ番組を聴くようになりました。そこで出会ったのが、フランスの音楽家、ピエール・バルーの音楽でした。

1980年前後の日本では、大衆向けの歌謡曲とは少し異なる音楽として、ニューミュージックやフュージョンといったジャンルが広がっていました。

当時の音楽家たちは、歌謡曲の作曲や編曲、スタジオでの演奏、CM音楽など、企業の予算が関わる仕事で生計を立てながら、自分たちのアーティスト活動にも取り組んでいたのだと思います。

僕より二回りほど上の世代の音楽家たちは、子どもの頃に憧れたアメリカやヨーロッパのポップスを、改めて自分たちの音楽として捉え直していたのかもしれません。

そして、日本の経済的な成長も追い風となり、かつては遠い存在だった海外のミュージシャンとの共演や、国境を越えたコラボレーションが実現するようになりました。

一方、海外のアーティストたちにとって、日本の音楽や文化は、ある種の異国趣味、あるいは民族音楽にも似た感覚で受け止められていた部分があったのではないかと思います。

つまり、お互いが相手の文化に、自分たちにはない何かを見いだしていた時代だったのでしょう。

YMOの細野晴臣さんや高橋幸宏さんが関わったYENレーベルの周辺には、フランスのユニット、MIKADOのような存在もありました。

また、加藤和彦さんと、日本文化に深い関心を持っていたフランスの俳優・音楽家、ピエール・バルーとの交流も、その時代を象徴しているように思います。バルーは、自らレーベルを運営するなど、独自の音楽文化を築いていた人物でもありました。

少し乱暴な言い方をすれば、かつて欧米の文化を一方的に受け入れることが多かった日本が、経済的な豊かさを背景に、憧れの海外アーティストを自ら指名し、対等に作品を作れるようになった時代だったのだと思います。

ただ、そこにあったのは経済力だけではありません。

日本の音楽家たちが、自分たちなりの新しい表現を生み出していたからこそ、海外のアーティストにとっても、刺激的な交流になったのでしょう。


当時の僕は、フレンチポップそのものに特別詳しかったわけではありません。

ただ、子どもの頃に感じた、あの独特の色彩や言葉の響き、映画の中にあるような気だるさに、ずっと惹かれていたのだと思います。

雨の日のパリ。

少し古びた街並みと、曇った空。

どこか退廃的で、憂鬱なのに美しい風景。

そんな、実際に見たことがあるのかどうかも分からない、頭の中のフランスをイメージして作った曲です。

18歳の僕が思い描いた音楽を、30年以上経った今の僕が、AIを使って完成させる。

技術はまったく変わってしまったけれど、面白いと感じるものや、美しいと思うものは、案外変わっていないのかもしれません。

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この記事を書いた人

管理人です。多趣味です。
沖縄在住です。音楽好きです。ラジオが好きです。

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