今日はいつもより支離滅裂です。
ボクの最初のクリエイティブな仕事は、20年前
J-WAVEのアップル提供の番組がありまして、学生の時にApple社のCMの音楽を制作できたことでした。
高校生のバイトと比べれば、良かったので、当時大学へ行かず会社に就職しました。
余り言えないハナシもあるのですが、
iPhoneが出る前に、クパチーノでMeetingをしたこともあります。
シリコンバレーの空気を感じることで、事業への視点が国内から世界へと大きく広がります。
本にも書いてあります。
まだ、事業も何も実績も無い状態で、もしかしたら、ごく普通の人からは虚言癖とか、妄想クリエイターと呼ばれていたかもしれません。
iPhoneに参入したときに、ベンチャーキャピタルも、金融機関もだれも、AppleStoreやiPhoneのビジネスモデルについて理解されなくて、苦労した時もあります。
彼らは、今あるデータ、そしてリサーチ会社の情報は見れるけれども、将来おこるべきスマートフォンが主流になって行くべき変化に気がつかないのです。
2008年のことです。
ということで、猛進的に、少人数で若者達とアプリを作って行きました。
全米で3位になったアプリもあります。
90年代後半、Windowsに浮気した時期もありましたけれども、
ボクのマシーンは、最高機種(Mac pro)でして、今ではMacbookAIRとVaioを使い分けています。
覚えているだけでも、
MacintoshClassic→ColorClassic→LC575→Centrisなんとか?→Powermac8500→PowerMac9500→PowerMacG3→Powerbook2400を2台→PowerMacG4→PowerMacG4DUAL→MacbookPro→MacbookAIR→MacProでしょうか。
音楽制作も仕事も楽しいのですね。
Apple社にはイロイロなイメージがあると思いますが、
ユードーも、iPhoneのアプリを開発して、問題が生じたとき、何か心配がある際にはAppleの方々に支援や、お話ししたり懇意にしていただいています。
とてもフレンドリーな社風は、Jobsの、シリコンバレーの気質なのでしょうか。
ということで、ボクの人生の節目は、Apple社の製品なのです。
経営としては、Jobsのやり方は日本の風土に合わないかもしれません。
でも、何かうまく進まないときとかは、多くを犠牲にしてでも、一気に取捨選択して絞り込んで進める、そういう改革を行うってことは強く影響を受けています。
数年前で新しかったことは陳腐化してしまうので、
うまくいっていても、最高潮の時に辞めてしまうのです、
いま、アプリに関しては、一気に手法を改革しています。
【追記】
実は、夕方アップルストア銀座へ車を飛ばして行ってきました。
新機種発表で、並ぶような、いつものアップルストアとは雰囲気が違います。
献花致しました。
マスコミやアップルファンな方が沢山集まっていました。
取材を受けそうになったのですが、半べそになったら恥ずかしいのでやめました。
あと、社内でアプリを緊急開発しました。
Thank you jobs! 開発ブログ。
Steve jobs どうもありがとうございました。