自分の言葉で伝えること。

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僕は、ほぼ毎日、育った場所の周りを走りまして、
おもしろくなり、結果15キロぐらい体重を落としました。

そして、不思議と、今も変わらないエリアで
公園や街並みをみたり、
先日は偶然、その川沿いを屋形船で登ったりして
10代のときの気持ちを思い出したり。

ドライで非情なおっさんになったなと考えつつ
まだまだ、中二病は残っているのでちょっと安心をしてはいます。

最近、小学校や中学校の卒業式、入学式に行くわけで
校長先生の言葉を聞き、気が付いたことがあります。

・・・僕は、ボイスレコーダーに会話を記録して、
夜寝る前に確認しながら寝る。
ということで、相手の意図や気持ちを考えるようにしていて、
少しずつ、理解度や考察力が増したかなと思っています。
まあ、逆に、面倒だったり、突っかかることもおおいので、
メールや文章のほうが気が楽ですが。・・・・

で、どうも、
最近の校長先生の言葉やらPTAの会長の言葉に、
引用が多いのですね。
著名人。特にオリンピック選手が多いのですが。

金メダルを取った「○×さんが、有名な言葉で・・・・」をと。
努力をして、世界で1番になった方の発言は重みがある。
確かにそうですが、
先生ともなれば、自分の言葉で語ってほしいと考えています。

子供にとって、雲の上で
さらに、昔と比べればたくさんの情報をもって、整理もできているであろう
子供たちに、
さらに遠い存在の大人の発言を現実と思うのか。

些細なことでもよいので、自分の経験や言葉のほうが
どんなに力強いか。

インターネットでは、情報を持つものが、無いものへの
知識の中継、キュレーターとか
あるいは、リツイートというのか、
確かに、情報は拡散するけれども、
情報が消える時間も早い。

そして多くの人は、新聞よりも鮮度の高い、
自分に必要な情報を持ち、最適化した行動がとれるかのように
錯覚に陥る。

けれども、自分の行動を決定づけたり、
導いてくれる情報、言葉はどれだけ少ないのだろうか。
覚えているのだろうか。

僕は、きれいで、建前な言葉よりも
泥臭くて、身近で、自分の経験を話せるほうが
子供にどれだけ影響を与えられるかって思った。

世の中って、最近僕は勝手にレイヤー分けをしていて
国家や憲法、法律、学校、会社などのリアルなコミュニティを第1階層とすると、
インターネット上でのFacebookやらソーシャルを第2階層
1も2も、良いことや悪いこと、きれい、汚いがあり
第2階層で多くの市民が、ソーシャルジャーナリストというのでしょうか。
其々の正論をぶつけ合い、市民会議を行ったり。
結果、世の中を、健全で、きれいで、潔白で、不正もない
完全な社会や人を追及する。

結局、21世紀版ユートピアニズムで、民主主義にインクルードされただけじゃないかと、

今の子供たちは、そんなことも知っていて
生々しくて、不正も、過ちも、人間である。動物である。
わからないよね。
だから、不確実性高い世の中を、渡り歩いて行かなくちゃいけない。
期待しているのか、期待していないのかわからないけれども。
そういった、第3階層な世界に突入しているのでは、

そして、大人になればなるほど、そんな子供をわかっているのかな?
なんて思うのでした。
誰もが、正論なんてわかっている。
けれども、そんなことじゃなくて、自分の言葉かどうか。

僕個人は、仕事の業務時間に、市民会議に参加することもくだらないって思って
逆に、日記のように、もっとくだらないことばかりやっていますけれども。。。

あ、逆上がり40歳でできるようになりました。

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この記事を書いた人

管理人です。多趣味です。
沖縄在住です。音楽好きです。ラジオが好きです。

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